クサガメは、ニホンイシガメと共に私たちに馴染みのあるカメの一種です。両種は系統学的に近縁で、大きさや食性も似ています。生息場所について、ニホンイシガメは水の流れのある山地側の河川を、クサガメは流れの緩やかな平野部や湖沼を好むようですが、両種を同じ場所で一緒に見かけることも多いです。クサガメは日本以外にも朝鮮半島や中国大陸部、台湾といった東アジアに広く生息しています。日本国内ではよく見かけるカメですが、国外では個体数の減少から絶滅が危惧されています。
クサガメは日本に古くから生息する在来生物であると考えられてきました。しかし、いくつかの研究報告によって、日本集団の在来性が疑問視されてきました。例えば、確実にクサガメと判断される化石や遺存体(遺跡記録)が無い点や、古い文献記録が無く、最古のものでも1800年代初めの江戸時代までしか遡れることの出来ない点が挙げられます。そこで、クサガメ日本集団と国外集団の遺伝的差異(ミトコンドリアのチトクロームb遺伝子とD-Loop)を調べ、日本集団の起源を推定しました。現在の日本に生息するクサガメが古くから日本に生息する在来の集団であれば、日本集団は国外集団とは遺伝的に異なると予想されます。そして、日本集団の中にも様々な遺伝的変異があるでしょうし、さらにはその変異は生態的特徴が似ているニホンイシガメのパターンと似る可能性も考えられます。逆に日本集団が外来起源であれば、国外集団との遺伝的差異は無い、もしくはあっても非常に小さいはずです。そして、日本集団内の変異は非常に小さいものとなるでしょう。
解析の結果、日本集団は遺伝的に大きく異なる三系統が確認されましたが、一方で各系統内の遺伝的変異はニホンイシガメのものに比べ極めて小さいことが明らかとなりました。そして、特筆すべき点として、三系統の遺伝子塩基配列はそれぞれ、韓国(グループA)、台湾及び中国(グループB)、中国(グ ループC)のクサガメのものと完全にもしくはほぼ一致したことが挙げられます。すなわち、遺伝子の解析からもクサガメ日本集団が外来起源である可能性が高いことが示されたわけです。
最も頻度が高く、日本各地で見られたグループAは韓国のクサガメに近縁でした。特に本州西部と四国ではこの系 統のみが確認されています。さらにこの系統Aの中で最も個体数の多かった遺伝子型は韓国サンプルの遺伝子型とほぼ同じ遺伝子配列を持っており、解析した遺 伝子配列の約99.95%が同一でした。なお、文献記録よって、日本におけるクサガメの最古の文献記録は1805年に小野蘭山によって記された本草綱目啓蒙であり、当時の記録が九州北部に集中している点から、日本のクサガメは朝鮮通信使より18世紀末に朝鮮半島より九州へ持ち込まれたものに由来すると考え られます。さらに、それから約100年後、宍戸(1899)はクサガメは中国地方に多いとし、Stejneger(1907)はクサガメの産地として対馬、鹿児島、摂津、大阪を挙げ、分布域は西日本に限定されているとしています。興味深いことに、これらの文献記録が示す地域は全て今日のグループAが分布 する地域です。これらをまとめると、この系統は朝鮮半島に起源を持ち、18世紀末に九州北部へ侵入し、その後分布域を東へ拡げていったと考えられます。
また、台湾と中国のクサガメに近縁な系統であるグループBは東日本と九州に分かれて分布し、その間の本州西部や四国には全く見られませんでした。房総半島 の集団は中国大陸部のクサガメと形態的に似ているという研究報告がある点も踏まえると(矢部, 2009)、この系統は中国大陸部に由来するのでしょう。1970年代より、中国産クサガメがペットとして日本へ多数輸入されており、このグループと関連すると思われます。そして、残りのグループCは石川県で捕獲されたクサガメ2個体より見つかったもので、グループBとは異なる中国大陸部の系統に由来すると考えられます。
以上は、Suzuki, D., Ota, H., Oh, H-S. and Hikida, T. (2011) Origin of Japanese populations of Reeves' pond turtle, Mauremys reevesii (Reptilia: Geoemydidae), as inferred by a molecular approach. Chelonian Conservation and Biology 10(2): 237–249. と疋田努・鈴木大 (2010) 江戸本草書から推定される日本産クサガメの移入. 爬虫両棲類学会会報 2010(1): 41−46.の内容に基づくものです。
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